イベントレポート

エネマネハウスがもたらす
可能性と人材育成

日経社会イノベーションフォーラム

後援 経済産業省、国土交通省、環境省、日本建築学会

主催 日本経済新聞社

協賛 大京、ミサワホーム

「エネマネハウス」は、学生が主体となり、大学と企業の連携で、先進技術や新たな住まい方を提案するZEHモデル住宅を実際に建築・展示し、環境・エネルギー性能の測定・実証を行うプロジェクト。多くの人材が社会に旅立ち、活躍している。このフォーラムではZEHや環境技術の現状、エネマネハウスの可能性について講演、討論が行われた。

基調講演

ZEHとエネルギー

経済産業省 資源エネルギー庁

省エネルギー・新エネルギー部

省エネルギー課長

江澤 正名 氏

日本は、2030年までに原油換算で5,030万㎘の省エネ量削減を目標としている。2017年時点の進捗率は約21%、家庭部門に限ると約19%に留まる。家庭部門の対策別では、住宅の省エネ化は6.8%と想定を下回り、2030年の目標達成に向け、取り組むべき課題は多いと考えている。

政府は、住宅のさらなる省エネ化に向け、建築物省エネ法に基づく各種規制や省エネ法に基づく建材トップランナー制度の規制を設定。一方で、ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス(ZEH)普及の支援を行ってきた。ZEHとは、建物の高断熱化と設備の高効率化で大幅な省エネを実現し、再生可能エネルギー等の導入で、年間一次エネルギー消費量の収支をゼロ以下とする住宅。国は2020年までにハウスメーカー等が新築する注文戸建住宅の半数以上で、ZEH実現を目指している。

ZEHはエネルギーのコストが下がるだけでなく、被災時に停電でも電気や熱が使えた例も多い。快適で健康的な生活が送れることもメリットだ。災害に強い健康住宅という特徴をPRすることで、さらなるZEH普及を進めたい。ZEHが住まいの第一候補となるよう、そのメリットをどう生活者に伝えるかが今後の課題だ。

また、日本では集合住宅が住宅の半分を占めており、経済産業省では集合住宅のZEH対策、ZEHマンション普及にも力を入れている。各種補助金の支援策を含め、2030年の目標に向け住宅の省エネ性能向上に取り組んでいきたい。

特別講演

森の時代:
エネマネハウスへの提言

建築家

隈 研吾 氏

「エネマネハウス」は、エネルギーと環境に関する、デザインと技術の総合力を学生が競い合うユニークなコンペティションだ。私は審査員として関わり、日本は環境技術の宝庫であることに改めて気づいた。「国立競技場」では、その技術を可能な限り採用し、世界に向けた日本の環境技術、エネマネ技術のショーケースにすることも視野に入れ、設計を進めた。

前回の東京五輪は、高度経済成長と、コンクリートと鉄による建築の工業化の時代に開催された。10歳の私が感動した「代々木体育館」は、2本の垂直柱で、時代の勢いをドラマチックに示していた。しかし、再び五輪が行われる2020年は、地球環境に配慮した、当時とは逆の方向性が求められている。その時代に相応しいスタジアムを、木を用いて、高さを抑えた水平基調のデザインで考えた。

木はCO2を固定するため温暖化を抑制する。木の計画的利用により、日本の森林環境の健全化にも貢献できる。スタジアムのデザインは、外苑の杜を抜ける風を客席に採り込むため、シミュレーションを徹底的に行って決めた。ガラス屋根の形状も、天然芝に必要な日射量を確保する解析の結果だ。

照明塔の上の高さが約60mあった旧国立競技場に対し、新しい国立競技場は、構造体の梁せいを抑え、約47.4mの高さに収めた。水平基調の、抑制が利いたデザインの中には、さまざまな環境技術と多様性が隠されている。

パネルディスカッション

エネマネハウスの
「人材育成の足跡」

出席者

建築環境・省エネルギー機構

理事長

村上 周三 氏

東京工業大学

特別教授/名誉教授

柏木 孝夫 氏

ファシリテーター

フリーキャスター/

千葉大学 客員教授

木場 弘子 氏

エネマネハウスOB・OG

田島 翔太 氏

大滝 明香里 氏

千葉 麻貴 氏

高野 駿 氏

住宅の未来の夢 学生がカタチに

木場
社会で活躍中のエネマネハウス参加者とともに成果を振り返り、今後の展開について議論したい。
村上
2030年の住宅に向けた将来ビジョンを展示するエネマネハウスを開始した背景には、地球環境問題とデジタルイノベーション、少子高齢化問題があった。エネルギー、ライフ、アジアをテーマに各大学から名案が集まった。アジアでは今後CO2排出量が爆発的に増えると予測されるが、そこに日本の省エネ技術を生かせるはずだ。
柏木
1990年の世界の電力消費量は10兆キロワット時で、2018年は22兆キロワット時と2.2倍以上に伸びた。なかでもアジアでの伸びが著しい。一方で世界人口の2割近くがまだ無電化村に住む。アジアをはじめとする世界のエネルギー問題は、太陽光と省エネ、蓄エネを併用しないと解消しない。日本はそこに不可欠な技術の宝庫だ。特に住環境のエネルギー需給構造については、スマートハウス、デジタル化、レジリエンスの「S・D・R」が重要だと発信していく必要がある。

設計と技術両立 住み継ぐZEH

木場
では、エネマネハウス卒業生に、当時の作品紹介をお願いしたい。
田島
千葉大学博士課程の学生として14年の第1回大会に参加した。災害時でも快適に暮らせ、コンテナに載せて世界中の被災地などにも自在に運べる住宅「ルネ・ハウス」を発表した。当時の作品発表会は真冬に行われていたので、木質繊維断熱材を積極的に活用してバッファーゾーンを取り、蓄熱に配慮した。エネルギーソリューションと建築デザインをどう融合させるか、半年の短い期間で形にしていくのは非常に苦労した。
千葉
芝浦工業大学修士1年の学生として第2回に参加。世帯や世代を超えて住み継ぐ集合住宅型のZEH「継ぎの住処(すみか)」を提案した。見た目は2層構造の戸建住宅だが集合住宅として設計していて、その中の1住戸を実際に建築したというコンセプトだ。下の階は大きなピロティーと玄関だけで、2階に居住空間が集まっている。太陽熱利用の給湯システムと太陽光発電を利用し、複数の住戸でエコキュートの運転時間をずらして、住宅棟全体で負荷を平準化・軽減するものだ。

断熱性や省エネ暮らし方提案も

大滝
15年に早稲田大学の学生代表として参加した。「暮らしを愉しむ」というコンセプトで、未来の住宅「ワセダライブハウス」を出展。技術に頼るだけではなく暮らし方を見直し、新たな付加価値を提供した。薪ストーブなどアナログ設備がある生活を提案し、そこに太陽熱集熱パネルや温水床暖房を組み合わせた住宅だ。企業をはじめ多くの関係者のお互いの目的を同時に達成することや利益を創出することの難しさを感じた。
高野
17年のイベントレポートチームに参加。この年の大会テーマは生活を含めてデザインするライフイノベーションだったので、身近な京町家をZEHにリノベーションした「まちや+こあ」を提案した。京町家は断熱性能が現行の住宅と比べて劣ることが多く、存続が難しい。外装はそのまま、省エネルギー性能や耐震性能など一部機能を集中的に高めた。京町屋は高齢の単身世帯が増えていることも維持が難しい一因との問題意識を持ち、若者が下宿住まいをするコミュニティーハウスとして成立させた。地域再生のコア、居住者が快適に過ごせる生活のコアになり、伝統技術を生かしながら省エネ・耐震性能のコアも設けることで文化継承のコアにもなるというコンセプトだ。

実社会との接点 教育と研究結ぶ

木場
エネマネハウスの魅力について、さらに詳しく聞きたい。
田島
学生が実社会との接点を持てるのは意義深い。企業を回り寄附も募ったが、学生時代にそれだけ責任を負って何かに打ち込める機会はほかになかった。協力してくれる多くの関係者と良いパートナーシップを築くために真剣に考えた経験は、今の自分の糧になっている。
千葉
専攻分野を超えて学生同士が議論して新しい考え方やアイデアを分かち合えた。学生の議論だけでは実現困難だった部分も、企業の助言からカタチにできた。大会後も、移築してもっといいものにするなど、その後も検証を続けられたらと思う。
高野
デザインだけでは具体的な技術、暖かさの体感はなかなか想像できないが、建てて実証されることがよかった。
柏木
一般公開で第三者のフェアな評価をもらい、ものづくりの知行合一の精神が養われたと思う。エネマネハウスには大学教育と研究を結ぶ効用がある。

現在につながる貴重な経験得る

木場
これらの経験はその後のキャリアにどう生かされているか。
田島
千葉大に残り、まちづくりや地方創生を研究している。また、エネマネハウスのグローバル版のソーラー・デカスロンで世界各地を回り、各国の研究者とのネットワークを広げている。
千葉
現在、新築やリフォームをする顧客に最適な設備の組み合わせを提案していて、まさに当時の経験が業務となった。実際に住んだときのデータから、効果的な使い方などを含めて提案している。
大滝
ゼネコンでの設備設計の仕事では価格や短工期の優先度が高い。省・創エネルギー技術の採用を推進する上で、当時培った知識や経験が生きている。
高野
経済産業省資源エネルギー庁でエネルギー政策の立案に携わっている。家を1軒建てるのにどれほどの時間と労力がかかるのか、政策プロセスに近い経験を得られたことが大きかった。

現在につながる貴重な経験得る

村上
このプロジェクトは人格形成にも大きな価値があったのではないか。答えが単一ではない課題に自分たちで取り組んでみるという、日本の教育の弱いところを補完できている。
柏木
大学改革の問題として文科省、CO2問題で環境省、新たな金融モデルが入ってくれば金融庁、外展開するなら外務省と、産官学金全体の連携につなげるべきだ。
木場
健康、コミュニティー、防災などマルチベネフィットを狙えるエネマネハウス。今後もプロジェクト存続、発展を願っている。